講義風景の最近のブログ記事
またある学生N君はこう書いている。
「人間社会学科について感じることは、個性の強い人や明るい人またはフレンドリーな人が多いことである。学科名で判断するということは、今思うといかがなものかと思っているが、入学する前や受験する前はなんとなく固い、きまじめというイメージが強かったというのが本音である。
未来像について。人間社会学科に入った人で、はじめは暗い人でも人とのコミュニケーションや信頼関係を身につけて、卒業する時には前向きでポジティブな人間になって、人間社会学科に入ってから変わったと言ってもらえるように、学生と教員が一丸になっていくべきであると思う。そして話すのが苦手な人でも、4年間を通じて話すことが楽しい、話すことが好きだと思えるように人間社会学科の存在をアピールすると良いのではないかと考えている」。
進学先を探している段階で、コミュニケーション(意味するところは広いが)に関心があって、人とかかわることが好きだからこの学科に興味を持った、という人がいる。それと同じように、自分にはコミュニケーション力が不足しているとか、苦手だからこそこの学科を選んだという人もいる。だから、面白いのである。N君が書いているように、高校卒業までに人前で話す機会が少なかった人、そもそもそのような場が得意ではない人が変わることに意義がある。先日のトークセッション後に学生が書いた感想にも、この学科はとにかくいろいろな人がいることが指摘されていた。いろいろな人が、自分を変える場をもっている学科ということだ。
大学に入っておよそ1年を終えようとしている時期に、あらためて自分の学科をとらえた学生はいろいろなことを書いた。
「この学科は、コミュニケーションというものがすべての教科に入っているのではないかと思う。とにかく、考える力がとても必要だと思う。他の学科に比べて、科目が変わっている。ゼミが1年から行われている。講演会が結構あって、社会のことについて学ぶことができる。コミュニケーションと考える力を身につけていくことができ、社会に出た時、対応ができるのではないかと思う」というO君。
「人間社会学科に入って約1年経とうとしているが、初期の学科のイメージとは全く違うものへと変化していた。当時はディベートなどをして会話力を身につけるだけの学科と考えていた。しかし、最近になり、人間社会学科とは、頭の中の考えをまとめられるようにすることが主なのではと考えるようになった。もちろん、会話力も必要である。しかし、それは初期に身につけるもので本当は頭の中で考えをまとめる力を養う学科ではないかと考えている。たとえばディベートをするにしても反駁は頭の中で考える活動から始まる。レポートを書くにしても、自分の考えが重要だ。人間社会学科には、3、4年生がいない。だから、これからどう進んでいくかわからないこともある。しかし、私はこの学科で道をみつけてみたい」とI君。
二人に共通しているのは、この学科に「考えること」がはっきりと存在していること、そしてその大切さを実感しているという点だ。
ひとまず、1冊読み終えたということで、世界から注目を浴びている日本映画・アニメを実際にみんなで観賞してみようということになりました。何を見るかでもまたまたもめながらも、結局、課題図書でも宮崎駿、押井守などの監督と並んで紹介されている大友克洋監督の『AKIRA』(1988)ということで落ち着きました。
私のゼミ室に100インチのスクリーン、プロジェクタ、スピーカーをセットし、ちょっとしたミニシアターを演出、飲み物OKで観賞会の始まりです。最初に担当者が映画の簡単な紹介、説明。次にゼミの趣旨に照らしてみるべき点などを確認してから、上映しました。
課題図書を読み、それから派生する形で関連図書や関連する映像資料を参照する。そうすることで、その課題図書の理解が深まります。また、知識の輪が広がっていきます。
『AKIRA』を一度見たことがあるという学生もいましたが、おそらく以前と今とでは見方が違っているでしょう。この課題図書を読んだからこそわかる面白みや深みが発見できたはずです。
観賞後、少し皆で議論をしようということになりました。2時間近くの観賞の後でしたから、当初、10~15分程度を予定していたのですが、次から次へと話題が展開し、結局1時間近くも語り合ってしまいました。
人間社会学科の2年生は、全員プロジェクトゼミという名のゼミに所属しています。プロジェクトですから、何かを企画し、実践しています。2年生の後期も、もう後半にさしかかりました。私のゼミでは、旭山動物園の小菅名誉園長とのトークセッションや1年生との交流ディベートをしたことを報告書にまとめています。冒頭に「なぜこのゼミを選んだか」終りに「今後の抱負」を4人のメンバー全員が書いているのですが、この文章がなかなか味わい深いのです。
中でもA君のコメントが印象深いものでした。
彼自身、自分のコミュニケーション能力を決して高くないと自己評価するところから書き始めています。そのうえで、「ヒューマンコミュニケーションプロジェクト」に所属して、徐々にではあるが変化が起こっていることを書いていました。その具体的な例があいさつで、朝、同じ人間社会学科の学生に会うとおはようと言う。このことが彼自身を少しずつ変えるきっかけになったと振り返っています。
教員の側からゼミの面白さをとらえたとき、それは集団での学びに加えて、個の学びの深まりがあり、それを見る機会が多い、または得られやすいことでしょう。
文章を書く、話し合いをする。それが公的でも私的でも、いずれにしても、個が自己表現をする場をもつことで、内面を外へ出す。それを受け止め、どうとらえるか。ここに醍醐味があるのです。


