2011年7月アーカイブ

     学部奨学生2名、学科奨学生4名!

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7月11日に、学部及び学科奨学生の表彰式がありました。前年度の成績が優秀であるだけでなく、あらゆる面で他の模範となる学生に与えられる賞で、奨学金が与えられます。

  この名誉ある賞に、人間社会学科からは以下の学生が表彰されました。

  2年 渋谷 美早紀さん(学部優秀奨学生)

     辻ノ内 聖くん(学科優秀奨学生)

     木村 彰吾くん(学科優秀奨学生)

 

3年 河野 祐佳さん(学部優秀奨学生)

        清水 達くん(学科優秀奨学生)

 

4年  木下 瑛晶くん (学科優秀奨学生)



この名誉ある賞に輝いた学生の一人、渋谷さんは「普通に学生生活を送っていただけです」と謙虚な答え。「普通の学生生活」とは、宿題は絶対にする、提出物は期日までに出すなどの当たり前のことを当たり前にこなすこと、と定義してくれました。

もちろん、今回選ばれなかった学生の中にも、頑張っている人は数多くいます。部活動、大学の行事、授業、ボランティア活動など、自分を磨く方法はいくらでもあります。渋谷さんも、放送芸術部に所属して脚本を書いたり、映像作品に出演するなど精力的に活動しています。木村くんと河野さんは、オープンキャンパスで高校生に笑顔で対応してくれています。これからもどんどん、自分の活躍の場を広げていってほしいと思います。

6名の皆さん、おめでとうございます!


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         『縁』という文字から

 5月から本学で学んでいた、フィンランドのオウル工科大学からの留学生ミカくんが、先日帰国しました。
 ミカくんは毎週金曜日の1講義目に開講されている『国際語としての英語』の授業に参加してくれていました。ミカくんにとっても、本学の学生にとっても外国語である英語を使って会話することは、とても楽しかったと言っていました。毎回、旅行の話し、食べ物の話し、アニメや温泉など、話題はさまざまでした。サンタクロースやムーミン、サウナなどのフィンランドに関することもいろいろと話してくれました。
 この授業を受講している成田くんは、書道が得意。そこで、ミカくんに『縁』という言葉を色紙に書いてプレゼントしていました。『縁』という文字がもつ意味を必死に説明し、この出会いを大切にしたいと思っていると伝えました。予想外の贈り物にミカくんはとても喜んでいました。周りにいた学生も心を打たれた様子でした。
 鈴木くんは「短い期間だったけれど、よい経験をさせてもらいました」というコメントをくれました。もちろん、この授業の後はみんなで最後のランチの約束をしていました。
 ミカくんはすでにオウルに到着したそうです。ミカくんにとっても、人間社会学科の学生にとっても、今回のたくさんの思い出は、生涯忘れることがないでしょう。
 みなさんも、故郷の良さを知り、日本、そして海外に目を向けてみませんか?

 
 今日は7月7日、七夕です。ニュースを見ていると、被災地の避難所にも笹が用意され、願い事が綴られた短冊が風に揺れていました。子どもが書いたと思われる「お家がほしい」という短冊を見ると、わたしたちが当たり前のように思っている生活が、実はとてもしあわせなものであることに気付かされます。
 さて、人間社会学科のドイツ語を担当している岩田先生から、メッセージが届いています。ちょっと読んでみましょう、皆さんはどう思いますか?


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   「原子力?いいえ、けっこうです!(アトムクラフト?ナイン、ダンケ!)」
                         (写真の旗に書かれた言葉)

        
     フクシマ、そしてドイツの選択 

フクシマ原発事故の後、米国に住むリトアニア出身の友人からメールが届きました。米国ではフクシマの事故はかなり深刻に報道されていたといいます。日本から遠いあのフロリダ州でも、人々は血相を変えてヨードの錠剤を買いに走ったそうです。

心配する友人に私は、「フクシマは第2のチェルノブイリにはならないでしょう」と返信しました。あの頃、事故の深刻さをすぐには公にしないというのが日本政府の方針だったのでしょうか。マインドコントロールに弱く、人の好い私たちも、水素爆発やら放射能漏れという事態に至って、ようやくフクシマが「第2のチェルノブイリ」であることを知りました。

 いまは政府関係者も、「放射能と末長く付き合う覚悟をしてください」と言っています。真夏日の暑さの中、長袖の服を着て、マスクや帽子で顔を隠して通学する子供たちの光景を見るにつけ、私たち日本人はどこかで道を踏み間違えたのではという思いがします。

 フクシマの事故を世界で最も深刻に受け止めた国のひとつは、遠いヨーロッパのドイツでした。先日、ドイツ連邦議会は圧倒的多数の賛成で脱原発法案を可決しました。ごく少数いた反対派議員も、脱原発をたんに法案ではなく、基本法(憲法)に明記することを要求して反対したのでした。

 このニュースを読んだとき、日本の政治風土との違いをあらためて考えさせられました。日本の政治家の場合、単純化を恐れずにいえば、さまざまな利害関係を考慮して、たとえ内心では原発に反対であっても、そうした声を上げるのをためらうのではないでしょうか。

 ところが、ドイツは啓蒙の哲学者カントを生んだ国です。カントは、人間の「理性」をさまざまなしがらみから解放して、自由に働かせることの大切さを主張しました。そうした自立した人間のあり方の思想は、教会権力や国家との対立の中から、時間をかけて社会に根づいてゆきました。原発からの撤退決議は、「哲学の国ドイツ」の伝統を想起させるものでした。

 さて地震と津波の国、日本はこのあとどうなるのでしょう。たしかに日本人の落ち着き、冷静さは世界中から称賛されました。しかし、フクシマはまだ終わってはいません。ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、そして次は...。私たちは、このあとも世界中から「最も行儀のよい避難民」という褒め言葉を与えられて、それで満足し続けるつもりなのでしょうか。

それとも、いつか私たちも、「原子力?いいえ、けっこうです!(アトムクラフト?ナイン、ダンケ!)」という声を上げるのでしょうか。