きのうの3講目は、人間社会学科2年生のプロジェクトゼミでした。
コミュニケーションについて、4人のメンバーで意見をやりとりしました。
コミュニケーションがうまくいっているとはどんな状態なのか。コミュニケーションがうまい人とはどんな人なのか。これが柱となる質問で、そこから付随していろいろな話題に発展しました。そのやりとりの一部をICレコーダーに録音し、今日あらためて一人で聞いてみました。
ひとり静かなところで、耳を傾ける。一人ひとりの言葉を集中して聞くことができます。
明確なテーマがあって話をしているので、単なる雑談、いわゆるおしゃべりとは違います。何が違うかといえば、前の人の発言を踏まえた上で発言する。少しでも、テーマに向かって進むような発言をする。4人という少人数なので、一人あたりのもつ役割が適度に大きいのです。2人だと、ペアになり1対1の対話になります。これはかなり一人当たりの役割が重たい。10人だと、参加姿勢に軽重が生まれて、一体感が損なわれる。やはり4人というメンバー構成は絶妙です。
1年生の基礎ゼミでも、同じような問いかけをしてしばらく学生だけで意見交流をしたことがあります。メンバーが違うので、当然話の展開は異なっていました。1年生のときは、具体的な現象を例示することが多かったのに対して、2年生の方は、具体的な例示もありましたが、抽象的な表現も用いられていたのが特徴です。
ある学生が、コミュニケーションを「呼応」と表現していたのが印象的でした。また、自分のコミュニケーション能力を直感的に自己評価したらどうなるかという問いに、「普通としか言えない。それは、どんな状態が高い状態かという定義や基準がないところで考えているから」と述べた学生がいました。根拠や定義、ディベートで通常用いている基本の中の基本キーワードです。
やはり学生間で意見をやりとりすることは有意義です。ただし、おしゃべりとの区別を明確にして。
そしてその学生のやりとりをじっくりと聴きなおす。これは教員の役割であり、また楽しみでもあります。


