2009年11月アーカイブ

 私(梶谷)の1年後期・基礎ゼミⅡでは、浜野保樹『模倣される日本―映画、アニメから料理、ファッションまで』を1冊目の本として取り上げ、ゼミ生7名で輪読してきました。今や文化輸出国として日本は世界から注目を浴びていますが、その反面日本国内での文化に対する認識の甘さなども指摘されており、映画やアニメーションといった身近な素材を題材に、日本の文化状況について語り合った約1カ月半でした。
 ひとまず、1冊読み終えたということで、世界から注目を浴びている日本映画・アニメを実際にみんなで観賞してみようということになりました。何を見るかでもまたまたもめながらも、結局、課題図書でも宮崎駿、押井守などの監督と並んで紹介されている大友克洋監督の『AKIRA』(1988)ということで落ち着きました。
 私のゼミ室に100インチのスクリーン、プロジェクタ、スピーカーをセットし、ちょっとしたミニシアターを演出、飲み物OKで観賞会の始まりです。最初に担当者が映画の簡単な紹介、説明。次にゼミの趣旨に照らしてみるべき点などを確認してから、上映しました。
 課題図書を読み、それから派生する形で関連図書や関連する映像資料を参照する。そうすることで、その課題図書の理解が深まります。また、知識の輪が広がっていきます。
 『AKIRA』を一度見たことがあるという学生もいましたが、おそらく以前と今とでは見方が違っているでしょう。この課題図書を読んだからこそわかる面白みや深みが発見できたはずです。
 観賞後、少し皆で議論をしようということになりました。2時間近くの観賞の後でしたから、当初、10~15分程度を予定していたのですが、次から次へと話題が展開し、結局1時間近くも語り合ってしまいました。
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 きのうの3講目は、人間社会学科2年生のプロジェクトゼミでした。

コミュニケーションについて、4人のメンバーで意見をやりとりしました。

コミュニケーションがうまくいっているとはどんな状態なのか。コミュニケーションがうまい人とはどんな人なのか。これが柱となる質問で、そこから付随していろいろな話題に発展しました。そのやりとりの一部をICレコーダーに録音し、今日あらためて一人で聞いてみました。

 ひとり静かなところで、耳を傾ける。一人ひとりの言葉を集中して聞くことができます。

明確なテーマがあって話をしているので、単なる雑談、いわゆるおしゃべりとは違います。何が違うかといえば、前の人の発言を踏まえた上で発言する。少しでも、テーマに向かって進むような発言をする。4人という少人数なので、一人あたりのもつ役割が適度に大きいのです。2人だと、ペアになり1対1の対話になります。これはかなり一人当たりの役割が重たい。10人だと、参加姿勢に軽重が生まれて、一体感が損なわれる。やはり4人というメンバー構成は絶妙です。

 1年生の基礎ゼミでも、同じような問いかけをしてしばらく学生だけで意見交流をしたことがあります。メンバーが違うので、当然話の展開は異なっていました。1年生のときは、具体的な現象を例示することが多かったのに対して、2年生の方は、具体的な例示もありましたが、抽象的な表現も用いられていたのが特徴です。

 ある学生が、コミュニケーションを「呼応」と表現していたのが印象的でした。また、自分のコミュニケーション能力を直感的に自己評価したらどうなるかという問いに、「普通としか言えない。それは、どんな状態が高い状態かという定義や基準がないところで考えているから」と述べた学生がいました。根拠や定義、ディベートで通常用いている基本の中の基本キーワードです。

 やはり学生間で意見をやりとりすることは有意義です。ただし、おしゃべりとの区別を明確にして。

そしてその学生のやりとりをじっくりと聴きなおす。これは教員の役割であり、また楽しみでもあります。

北海道工業大学人間社会学科ではパンフレットなどに「マネジメントを学んで人間力で活かす」というフレーズを掲げています。学生がマネジメントする対象となるもの。その中で大きなものひとつは勉強でしょう。

 先日、人間社会学科1年生のノートを見る機会がありました。英語のテスト対策にと、ある学生がノート作りをしていたのです。授業中にノートを取ることは基本中の基本です。彼はさらに、通学の乗り物の中で記憶を確認するためのノートも作っていました。人間社会 001.jpg

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授業内容を復習するというマネジメントの他に、彼は自分の学習を管理するというマネジメントを行っていました。それもノートという形で行われていたものです。テスト対策の勉強を、いつ、どのような内容についてどれくらいの時間をかけて行ったか、記録してありました。それを見ると、彼の勉強がどのように進行しているのかわかります。彼にとっては、自分の学習がうまくいっているのかどうか、見直すための道具になっています。

 このような取り組みを見ていてわかったのは、マネジメントという言葉に当てはまるのは主体的、自主的、能動的な行動だということです。試験に追い詰められて勉強しているのではなく、試験というターゲットに向けて、いかに時間などの要素を管理し、自分の学習の質を高めるか。ターゲットを追究していくプロセスを高める。そのために、いろいろな工夫をする。

 マネジメントとは何かと言われたら簡単には答えられないですが、彼のような取り組みをマネジメントと称することはできるでしょう。そう考えると、マネジメントは生活上のいろいろなところに存在していることがわかりました。これが今日の収穫のひとつです。

 人間社会学科の2年生は、全員プロジェクトゼミという名のゼミに所属しています。プロジェクトですから、何かを企画し、実践しています。2年生の後期も、もう後半にさしかかりました。私のゼミでは、旭山動物園の小菅名誉園長とのトークセッションや1年生との交流ディベートをしたことを報告書にまとめています。冒頭に「なぜこのゼミを選んだか」終りに「今後の抱負」を4人のメンバー全員が書いているのですが、この文章がなかなか味わい深いのです。

 中でもA君のコメントが印象深いものでした。

彼自身、自分のコミュニケーション能力を決して高くないと自己評価するところから書き始めています。そのうえで、「ヒューマンコミュニケーションプロジェクト」に所属して、徐々にではあるが変化が起こっていることを書いていました。その具体的な例があいさつで、朝、同じ人間社会学科の学生に会うとおはようと言う。このことが彼自身を少しずつ変えるきっかけになったと振り返っています。

教員の側からゼミの面白さをとらえたとき、それは集団での学びに加えて、個の学びの深まりがあり、それを見る機会が多い、または得られやすいことでしょう。

文章を書く、話し合いをする。それが公的でも私的でも、いずれにしても、個が自己表現をする場をもつことで、内面を外へ出す。それを受け止め、どうとらえるか。ここに醍醐味があるのです。

 

 今日はパークホテルで外勤でした。主に高校2年生向けの入試イベントです。パークホテルのホールにたくさんの大学がブースを設けて高校生と面談をするのです。

 ある男子。椅子に座るなり「願書をください」と言いました。

3年生とのこと。人間社会学科を受けようと思っている。

たいていの高校生は全体的な話を聞きに来るのに、彼はいきなり「願書ください」。

強烈でした。いろいろ話をしました。

「僕は、臨床心理に興味があり、いろいろな大学を調べてきたのですが、どれも自分の考えには会いませんでした。そんな中で、人間社会学科の内容を見たとき、(心理学そのものではないけれど)自分が求めていることに一番あっていると思いました」。

さらに話を聞きました。

私に向かって「この前の大学説明会で、先生の話を聞きました。少人数グループで・・・・」と聞いたとき、あのゼミ室に来た学生の一人だとわかったのです。11月1日に行われた学校説明会で、人間社会学科を紹介するのにゼミ室を公開しました。ほんの7分という短い時間でしたが、靴を脱いでゼミ室に入ってもらい、基礎ゼミのことを説明しました。

「この机で、毎週水曜日に1年生が6人グループでこんなことをしています・・・・」。

今日の面談で、彼の口からはこんな言葉が。

「ペン字の練習をしたり、本を読んで話し合いをしたりという説明を聞いて、興味をもちました」。

 先日のゼミ室公開で、1年生から少人数グループで大学生の基礎を築くゼミをすることを説明しました。

「現代はパソコンで文書を書くのが当たり前だけれど、人前で字を書かなくてはならない場面があります。そのときどんな字を書くかで、その人の印象は大きく変わります。それで、このゼミでは最初にペン習字をしています・・・・・」。この説明が彼になんらかの印象を残したようです。

面談しているときの彼の特徴は、目線です。こちらをしっかり見て聞く、そして最小限の言葉で意味あることを言う。終始、顔の表情が、開いていました。

今日に限ったことでは在りませんが、オープンキャンパスで面談を行うとき、人間社会学科に興味を示す高校生は、実に第一印象が強烈です。最近の言葉で表現すると「濃い」。実に濃い。

1年生のゼミは基礎ゼミ(水曜日)、2年生はというと「プロジェクトゼミ」(木曜日)です。

本日、ヒューマンコミュニケーションゼミでは2つのことをしました。

1つは報告書作成です。7月に旭山動物園名誉園長の小菅氏とトークセッションをしました。その内容をまとめています。報告書の冒頭と終わりにそれぞれ、「なぜこのゼミを選んだか」と「今後の抱負」を4人のメンバーが書いています。その原稿を読みあって、そこからまたいろいろな考えが浮かんできました。

ここからが2つ目の活動です。後期の後半の活動をどのように推進するか、という話し合い。前々からE君が手稲区民と交流してはどうかと案を出していました。彼の考えでは、手稲区民の中でも特に年齢が自分たちより上の世代を対象にとらえていました。では、どんな形でそれを実践するのか。具体的な方法を考えていく中で、次の問いかけから意外な盲点に気づいたのです。

「みんな、おじいちゃん、おばあちゃんいるか」

手稲区のお年寄りという前に、自分のおじいさん、おばあさんと対話をしているか、ということでした。

そこで、2週先のゼミ日までに、最低1回は自分の祖父母とコンタクトをとってこようと決めました。

当初は、手稲区の方々とトークセッションを実施するという漠然としたイメージだけをとらえていました。今日の話し合いで、イベントという企画ばかりにとらわれず、自分たちの身近なところで人と人とのコミュニケーションを実践するという新たな視点が生まれたのです。やはり、ゼミメンバーで意見交流するというのは、生産的な営みだと実感しました。

 

 水曜日は1講目にディベートⅡ(1年生必修)があり、3講目は基礎ゼミ(1年必修)です。一年生とのかかわりが強い1日です。ディベートと基礎ゼミはまったく異なる内容の科目ですが、共通している点があります。それは学生が自己表現をするということです。

 基礎ゼミでは、文献を購読しています。現在、佐々木ゼミが扱っているのは「入門コミュニケーション論」。先週は日本人のコミュニケーションの特徴について、今週は現代人のコミュニケーションについて読みました。読んだあとで必ず、音読した人がコメントを述べ、そのコメントに対してほかのメンバーもコメントを加えていきます。この時間が興味深いのです。

 単なるおしゃべりではない、意見と意見の連鎖が生まれます。単なるおしゃべりは授業時間外でもできます。ゼミという場で行うのは、コメントのやり取りを通して、同じ本を読んだ人の意見を聴き、それについて考え、発展させていくという高まり合いがあります。活発に発言が続いたから充実していたというのは、まだ浅薄なとらえ方でしょう。一人ひとりの発言の中に何を見出すか。最も必要なのは傾聴力なのです。

 今日の話し合いの中では挨拶がトピックとなる場面がありました。入学して間もない頃、ある学生が学内で教職員とすれ違うと誰にでも挨拶をした。もちろん大半は挨拶を返してくれたが、中に全く無反応の人がいたというのです。それについてどう解釈するか話しました。挨拶からさらに話は発展し、入学後にどのようにして友達をつくるか、つくったか、できたかという話にも及びました。入学して半年以上経過して、今だからこそ言えるいろいろな心情。それに対して、他のメンバーから自然発生的にコメントが出る。そのコメントが、前者の発言を受けたものになっているかどうか。そこが私の関心事でした。つながりが生まれていると感じることが何度もありました。

水曜日は、聞くことの楽しさを味わう時間で満たされています。

前回は、基礎ゼミの活動としてペン習字をしていることを紹介しました。今回は、もう一つの活動を紹介します。それは敬語です。佐々木ゼミが後期の書籍として選んだのは「大人の敬語コミュニケーション」という本です。学生にとって、敬語は「教科書に載っていて授業で教えられた記憶があるが、わかりづらかった」という印象が強いようです。そこで、理論的側面に偏らず、実践的なアプローチが必要だろうと判断しました。正しい敬語を使えるようになるには、場面設定をして、そこでどのように話せばよいのかを具体的なセリフで表現し、実際に話す練習が必要だろうと考えました。

場面は、会社員が外部の人を相手に何かを説明する、いわゆるプレゼンテーションです。

悪い例の文を提示しました。 

状況:開始前、担当者らしき若手社員は始終落ち着きがない。聞き手が時計を見たり、難色を示しながら待っている。

 ①開始

「お疲れです。じゃあ、僕の方からですね説明の方したいと思います。さっき配ったやつです、えっと資料の方を見ながら説明の方を聞いてもらいたいと思います。質問の方は後でするということで、いいですよね」。

②スクリーンを指して

「こっちだと字がちっちゃくて見づらいと思います。さっきのやつ見てください。あ、資料です。資料の方を見て、読んでください。その方がベターです」。

③原稿またはスクリーンばかり見ながら

「うちの会社が、一番売りにしているのはやっぱりスピーディな対応っていうことですね。知ってのとおり、うちは道内に支所がいくつもあるじゃないですか。なので、注文されてからすぐに一番近い支所に連絡とって、皆様の方へ商品の方を発送することになります。発注してから納品までに時間がかかるとストレスたまるじゃないですか。それをなくするっていうのにうちの場合、こだわってるんですよ。なので、早い対応を期待するなら

うちへの発注の方をお願いします。」

(プレゼン終了後)

「なにかお分かりにくい点がありますか。いいですね。じゃあプレゼンの方終わりでした。」(以上悪い例)

学生たちはシナリオを読みながら、「これはひどい話し方だ」とつぶやきながら音読していました。みなさん、どこに問題があるか、何点くらい指摘できますか。

次に正しい例のシナリオを提示しました。

開始前、担当者らしき若手社員が時計を見てそろそろ時間であることを確認する。

 ①開始

「おはようございます。それでは、私からご説明申し上げます。さきほど配付いたしましたお手元の資料をご覧になりながらお聞きください。ご質問の方は、後ほどお受けいたします」。

②スクリーンを指して

「前方のスクリーンでは文字が小さいため、ご覧になりにくいかと思います。お手元の資料の方がお読みになりやすいかもしれません」。

③原稿またはスクリーンばかり見ながら

「それでは本題に入ります。当社が、最も心がけているのは迅速な対応です。ご存知かもしれませんが、道内にいくつかの支所がございます。ご注文をお受けしてからすぐに最寄りの支所と連絡をとり、支所から直接商品発送をすることが可能です。発注から納品までの時間をより短縮することを最優先しております。お急ぎの際は、ぜひ弊社への発注をお願いいたします」。

(プレゼン終了後)

「お分かりになりにく点がありましたら、ご指摘ください。よろしいでしょうか」。

「本日は皆様の貴重な時間を割いていただきありがとうございました」。以上

このよい例を何度も音読して自分のことばになじませます。実際に、同じような状況になったとき、自然な口調で出てくるようにするのが目標です。