水曜日1講目のディベートⅡ(1年生必修)で、翌週のトークセッションに向けての準備をした。出席者全員が「人間社会学科を論じる」というテーマで、現在の心境を書いた。当然のことながらコメントの内容は多様で、いろいろな視点から自分の学科をとらえている。最初は、トークセッションのパネリストを4人程度選ぶために1枚1枚のコメントを読んで終わった。しかし、2回目に読み直してみると、どの人のコメントにも他の人に聞かせたい部分があり、最初にパネリストという発言者の設定に無理があるようにも思えてきた。本当は、このトークセッションはシリーズ方式で実施した方がよいのかもしれない。

 全員に聞かせたい意見を、このブログの中で紹介していこう。まずはN君のコメントだ。

 私は工業大学にこのような人間性をはぐくむ学科があることは良いことだと思う。まだ私たちは二期生であり、就職率もよくわからず学科自体が  

実験的な部分も多いだろう。他の学科と比べても学生数が少ない。

 

 ならば、私たちがこの学科で満足のいくように努力し、生活し、それとともに人間社会学科のよさを広げるべきではないだろうか。この学科はもっともっと充実させるべきだ。少なくとも今の日本の悪循環などを知ることができると思うし、人間性という意味でも力を発揮する能力を身につけることができるのではないだろうか。

 

 私はこの学科に来てとても満足しているし後悔はしていません。この学科に来てもう一年になりますが、自分の考えをしっかりと持つことができるようになったと思います。はっきりした理由も頭の中でせいりすることができるようになりました。このようなことは社会でも役立ちますし、実際、多くの企業などが、コミュニケーション力、自分の考え、しっかり話せる人を必要としています。近年は、人と話すことすら苦手な人もたくさんいます。

 

 この学科に来てからは、ニュースや社会問題などにも関心を持つようになりました。やはり、自分の将来のことを考えると不安なニュースばかりが目立ちます。しかし、大学生になってまだ一年しか経っていません。あと3年近く残っているわけです。友人関係や部活などを充実させつつ自分の将来のことも十分に考えながら生活してゆきたいと思います。

 

きのうの4講目、1年生と2年生が一堂に会しました。2つの学年が合同で集まるのは初めてです。

今年度2年生が取り組んだプロジェクトゼミの報告(学生)と、来年度のプロジェクトゼミの紹介(教員)が行われました。そして、現段階での希望調査が行われたのです。その集計結果が、本日、学科の掲示板で公表されました。下の写真は、その掲示物に群がる学生の様子です。 

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彼らはしばらくその掲示板の前で話していました。彼らが希望したゼミは相当人気があるらしく、第一希望どおりになる人は約半分のようです。今回はあくまでも第一回の希望調査です。4月に、複数のゼミ教員と面談を行い、あらためて希望用紙を提出します。

 2年生の希望状況を見ると、今年取り組んだゼミを継続する人が多いようです。3年生で所属したゼミが卒業研究へとつながっていきます。

 一貫していたのは、ものごとへのまじめさだろう。私は仕事の関係で遅れてニセコに着いた。ちょうど夕食の準備が始まった頃だ。台所に男子が3人も入って仕込みをしている。台所に入りきらないメンバーはテーブルにコンロなどをセッティングしている。濱谷先生が何やらじゃがいもをゆでていた。間もなくして食事が始まる。みんなよく食べる。若者が景気よく食べるのは見ていて気持ちがいい。ひととおり食べた後に、少し語らいの時間になった。その頃、さきほど濱谷先生がゆでていたじゃがいもが明太子とあえられて絶妙なご馳走として登場。

 腹ごなしにゲームの時間になったが、このゲームがまた真剣勝負だった。そしてゲームが終わったところでスケジュール上では「トークセッション」。リーダー的役割のM君が、話題を提示した。それは人間社会学科の成り立ちについての質問と言う形をとった。自分の学科が新しい学科だということは周知の事実。当然気になることがいろいろある。教員としてコメントをする。話がかみ合う。

続いて、濱谷先生が「今までで一番感動したことや、失敗したことを話してみたらどうだい」と投げかけた。ここからの時間が、私には忘れがたい時間となる。一人ひとりの話が、重厚だった。そうなった理由は、最初の人や二人目の人が真剣に語ったからだ。そしてどの人もしっかり聞く。一人ひとりの話が終わると、何かどっしりとしたものが自分の中に残っていった。大切なことだ。20歳前後の若い時に、真剣に自分を語る。これこそ自己形成のプロセスではないか。全員が、自分のことを吐露した。そして最後に濱谷先生から高校時代の話を聞いた。私は十代の濱谷先生を想像しながら聞いた。来てよかったと思えるゼミ交流合宿。真剣というのはいいものだ。余計なものを消し去り、なにかひとつのことに没頭する。そんな何かがある人間社会学科。ますます好きになりました。

1223日から泊りがけで、人間社会学科1年の濱谷ゼミと佐々木ゼミが合宿をしました。場所はニセコです。濱谷ゼミと佐々木ゼミはゼミ室が隣り合わせです。ある日、濱谷ゼミのメンバーが来て、こんな企画はどうだいと提案してきました。大学が所有するニセコのセミナーハウス(正式名はニセコ芦原山荘)で、お互いの交流を深めるために合宿をしないかというのです。最初は、お互いに語り合って和やかな時間を過ごすというレクレーション程度にしかとらえていませんでした。しかし、この企画は1ヶ月以上も時間をかけて、学生が主体的、組織的に、そして周到に準備されていったのです。1年生のゼミは水曜日3講目に位置づけられていますが、彼らはその時間をつぶすのではなく、合宿のためだけに会議の時間を設定して企画を練り上げていったようです。当日に至るまで、何度も会議を開き、マネジメントを実践していったのです。ひとつは時間のマネジメント。きちんとスケジュールを作りました。そしてもうひとつはお金のマネジメント。細かく予算を立てて、一人当たりいくら徴収するかを計算しました。このようにして、準備段階からきちんと2つのゼミが計画を実践に移していくという流れが進んでいったのです。つづく(かもしれない)。

こんにちは。人間社会学科の梶谷です。

少々報告が遅れましたが、私のカルチュラル・スタディーズの講義の一環で、作家の多胡吉郎さんの講演会を開催しました。
多胡さんは長年NHKでディレクター、プロデューサーをされ、ご退職後現在は作家としてご活躍です。
今回は「壁を超えて~詩人ユン・ドンジュの場合~」という演題でご講演いただきました。
日本と韓国、文学と映像...国境やジャンルなど世の中にはさまざまな壁がありますが、それらを超えて何か活動をすること、創造的な仕事をすることの意味や大切さ、難しさや面白さについて、時間を若干オーバーして熱く語っていただきました。

今回は多胡さんからの要請で、前もって学生たちには韓国の国民的詩人ユン・ドンジュの詩に合う音楽を各自持ってくること、という宿題を出しておりました。
講演の始めでは、詩を読みながら持ってきた音楽を聴く、という作業を通じて、詩世界へのアプローチを試みましたが、おそらく多胡さんも予想しなかったような音楽を持って来た学生もいました。
多胡さんにとっては(そして学生たちにとっても)、年齢という壁を超えるご講演になったのではないでしょうか?
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